"AU PIANO"

きょうは、最近読んで面白かった本の紹介を。

フランスの作家、ジャン・エシュノーズの小説です。

この前に「ぼくは行くよ(Je m'en vais)」という、ゴンクール賞を受賞した作品を読んだのですが、読んだことのないような斬新な手法で、複数の場所で物語が同時進行していったり、ナレーターである作者がときどき顔を出して主観を言い始めたり、とにかく掟破り。ちょっとミステリー仕立てで、謎が気になってついつい読み進めてしまうという。

作者にからかわれたり操られて、それが読んでいて楽しいといった作風なんですね。

 

この作品も、冒頭は2人の男が腕を組んで歩き回るシーンから始まるんですが、1人は恐怖に支配され、それを紛らわすためにしきりにお酒を飲みたがるのですが、もう1人は頑として応じず、ぐるぐる歩き回ってから時間を見計らってある場所へ引きずるようにして連れていく。そして建物の中に入ると、恐怖でいっぱいになっている男の背中をドンと押す。すると万雷の拍手に迎えられて男はステージのピアノに向かっていくという。

 

つまり恐怖に駆られている男は著名なピアニストだったんですね。ここまで身分を明かさないという。

かと思えば、「彼は死にそうな恐怖に襲われていたが、実際2週間後には死ぬことになる」と、あっさり先の筋を言ってしまうし。

え、じゃ、その先はどうなっちゃうの、と思うんですが、死んだ後もストーリーは続いていくんです。

ここでも読み手は作者に操られ、からかわれながら、楽しむしかないんですね。

こちらもエシュノーズ作の「ラヴェル」。

言わずと知れたフランスの作曲家ラヴェルの伝記的な作品ですが、単なる伝記にはもちろんしていません。

これもエシュノーズ流の洒落っ気や皮肉が利いた面白い作品になっています。

 

「端的に言えばラヴェルは演奏が下手だった。しかしともかく演奏をすることはする。彼はヴィルトゥオーゾの対極にあり、自分でもそのことを知っているが、誰も何も聴いていないのでコンサートは成功理に終わる」(「理」は「裡」の誤植でしょうか。ちょっと残念)

 

えええーっと思いながら、思わずにやにやしてしまいます。

そして死に向かっていく日常が、一定のリズムを刻む文体でぐんぐんと進んでいく様は、まさにラヴェルの代表作「ボレロ」のようです。

 

エシュノーズが音楽に強い関心を持って精通していることは間違いないですね。

ピアノや音楽を好きな方には、ぜひお薦めしたい作家です。